主人が、外遊を終わらせて国に戻る。

それに従って、従者も任務を切り上げ国に戻る。自然な流れだ。

だがミカヅキはまだサリスを従者だと認めてはおらず、サリスもまだミカヅキを「我が君」と呼ぶ許しを得てはいない。

その許しを得る為に、今回サリスはミカヅキの外遊に強引に同行したのだ。

だから外遊がどういうものであるかは、サリスにとってあまり意味はなかった。ただミカヅキに従者を連れる意味を理解してもらうための第一陣であったので、

(これはこれでまあ、良しとするか)

と、内心では軽く考えていたと言っても良い。

実際、従者を伴って行動することに対して、ミカヅキの拒絶反応はサリスが考えていたより酷くはなかった。

酷かったのは、城にいる時のような完全無欠の貴公子が下品な不良少年に成り代わってしまうミカヅキの在りようだ。

教師がこぞって絶賛するミカヅキの完璧な所作は優雅な服とともに脱ぎ捨ててしまったのか、はたまた、目の前の彼は見た目が同じだけの別人で実は城には本物の彼がいるのではないかと疑ったほどだ。

だがその不良少年が今までの旅装を脱ぎ捨て、後継者としての服装へ身なりを整えただけで、周囲が感嘆するほどの品位を見せつけ馬車に乗り込んでくるのを目にして今、頭痛に目眩さえも覚えるサリスである。

(この人の言動の切り替えはどうなってるんだ)

「なんだ、具合でも悪いのか」

「…いえ、別に」

なんでもありません、とサリスが返事をすれば、向かいに座ったミカヅキはそれを確かめるようにサリスを見て、一人納得して窓の外に合図を送る。

冒険者である旅の仲間を残して、レネーゼ領へと馬車が走り出す。

「まずレネーゼ家、なんですか?」

サリスとしては、旅の行程を終了させてミカヅキと別れ、オットリーの家へ報告をしてから、日を改めて対外交の部署とレネーゼ侯爵家にご機嫌うかがいに参上するつもりだったのだが。

ミカヅキは、家に戻るからお前も来い、と言った。

「対外交に出向く必要はないだろう。上からの指示だった訳でなく、単に書記官の一人がその場の提案をしただけだ」

「それはまあ、そうなんですが」

対外交でアルコーネ公爵が顔を見せた以上、そういうわけにも行かないのでは、と思ったがミカヅキはそれを意に介していないようだ。

「あの方は大体いつもあんな感じだ。用もないのに出てくる」

公爵に対してこの言い様!!と、咄嗟に反応を返せないでいると、ミカヅキの話は先に進んでしまう。

「俺がオットリー家に顔を出した方がいいなら、この後に同行するが」

と言われて、内容が内容だけにこっちには即座に反応できた。

 「とんでもない!!ミカヅキ様に足を運んでいだだこうとか、そこまで思い上がっていませんよ!!」

そうか?とミカヅキは不思議そうだが、サリスにとっては一大事である。

なんの成果もなく経過報告だけを手にして家に戻るというのに、その主人候補を連れてきたとなれば、いくら末孫に甘いと言われるオットリー侯爵でも良い顔はするまい。

「オットリーのご子息を連れ回した事に、一言断りがあった方が良いかと思ったんだが」

「いや、それは」

と言いかけ、ミカヅキの不思議そうな態度を理解した。

「俺は家を出る身、ですからね。オットリーの名を持って出るか、他家に入って名を貰うかは今の時点で決まってませんから。それほどの扱いではないんですよ」

そうだ。直系の子息とはいえ、ミカヅキと違い正当後継者ほどの格はない。次の後継が父、その後が兄。兄には今年、息子が生まれている。サリスとしては、後継者の予備としての役割はすでに無いと言ってもいい。

そう言った事情を、ミカヅキは実感できていないのだろうと思う。

そういうものか、と相槌を打つ様子も特にその辺りに興味があるようでもなかったので、話題を戻すことにする。

「それより、レネーゼ家へはどのように」

どのように話が進んでいるのか、と問いかければ、ミカヅキもあっさりその話題に移った。

「侯爵にはお時間を頂く様、先に言付けてある。お前を侯爵家のお抱えにするつもりがある事は話しておかないと駄目だろう」

だからお前も同席しろ、と何でもない事の様に言われては一瞬、理解が追いつかなかった。

レネーゼ侯爵家のお抱え、それはレネーゼ直系ではない者を専属で家に迎え入れることを言う。

「えっ?お抱え、俺を?!俺が?レネーゼの専属に??」

「レネーゼの、って言うか、俺の従者として、な」

「いやっ、それはそうでしょうけど!?」

サリスとしてもレネーゼのどことも知れぬところで一家臣として雇われるつもりはない。ミカヅキの側仕えがいいと言うのは大前提だが。

「どこでそう言う話になったんです?!」

「どこで、って…、最初から、そのつもりで旅に着いて来たんじゃないのか、お前」

それはそうだが。

それをミカヅキが認めてくれているとは思わなかった。従者志願を拒否するミカヅキを、どう説得するかというのが徹頭徹尾、サリスの課題だったはずなのだ。

いつ、どの時点で、ミカヅキの拒否網が撤廃されたのか、全くわからなかった。

「そんな素振り、微塵もなかったじゃないですか」

「俺はそのつもりだったが」

「はあ?!俺のせいですか?!」

サリスの、身を乗りださんばかりの驚愕の勢いには、ミカヅキもやや気圧された様に座席に身を寄せる。

「わかった、順を追って話す」

その一言で冷静になれた。

よく考えれば、このまま喚いていて「じゃあ取り消す」などと言われようものなら、もう二度と機会に恵まれない事は確実だ。

「お、お願いします」

揺れる馬車の座席に深く腰を落ち着ける。それを待って、ミカヅキはサリスに向き合った。

 

▪️ ▪️ ▪️ 

 

「まず今回の旅に同行を許したのは、お前に従者の真似事をさせる為じゃない」

と、ミカヅキは話し出す。

「俺が一個人として旅に出る時には従者が必要ない、と言うことを解らせる為だ」

「…それは」

それは、酷い裏切りだと思った。

少なくともサリスは、ミカヅキに従者の必要性を解くために同行する事を伝えてあるのだ。

それを了承したのはミカヅキで、この時点でサリスとミカヅキとの旅の目的は同じでなければならない。今回の事だけでなく、そうでなければ信頼関係など築けはしないはずだ。

それを非難するべきか否か、迷ったサリスをどう捉えたのか、ミカヅキは言葉を続ける。

言葉で説明するより見せた方が早いと思っての事だ、と言われてサリスは押し黙る。

確かに、出発前までミカヅキとサリスの主張は平行線だった。そして、実際、旅の間中ミカヅキはサリスの手を借りることなく、自分の身の回りの事は自分で完結させ、それに不便を見せる事はなかった。

それはミカヅキの普段通りであり、普段から行動を共にすると言う冒険者らから「あまり手を出しすぎると鬱陶しがられるよ」と忠告されたので、サリスも様子見として手を出さずに見守るに留めたわけだが。

「それは良く解りましたよ」

と、かろうじて感情を抑え込みそう答える。

答えたサリスに、ミカヅキは。

「それを理解できる人間なら、お前は俺の味方になると思った」

そんな言葉を使った。

「味方?」

従者ではなく、味方、と言う真意。

「俺が従者もつけずに行動することに周囲の目がどうあるかは解っている。レネーゼの家でもそれは同じだ。昔から変わってはいない。許されているんじゃない、ただ敬遠されているだけだ」

その告白には、少なからず驚きがあった。

貴族界の通例はともかく、レネーゼ侯爵は幼い後継者に甘い、それを許している家臣たちもまた言うにあらず、というのが周囲の見方だと思っていた。少なくとも、サリスたち若い世代やミカヅキの同年代は、それが大方だ。

「それがまかり通らない時期に来ているのも、解っている。おそらく、家か、俺か、今までの均衡をどちらから崩しにかかるのか、と」

互いの手を警戒している所だろうと読んでいる、と言ったミカヅキがサリスを示す。

「そこにお前が来たわけだ」

思わぬ所から現れた伏兵、それをどちらの陣営に引き込むか。

「おっ、俺が均衡を崩す存在になる、って事ですか?!」

思わず腰を浮かせたサリスに、ミカヅキは怪訝そうに眉をひそめる。

「まさか。お前がそんな大それた存在だとは思っていない」

「…そ、うですか」

それでも味方が欲しかったのだ。

侯爵家という組織の中で、ミカヅキが欲しいと思ったもの。

「この先、身軽に外に出る旅に大仰に従者を引き連れて何かを成せるかと言われれば、滑稽な話だ。それをいちいち俺が拒否するのと、実際旅に同行したお前が口添えするのとでは、上からの見方もまるで違うだろう」

猶予は二年余り。正式に正当後継者の儀式に望めば、自由はない。ミカヅキがそう覚悟している事にも驚いたが。

周囲を敵だと認識している。思ったより厳しい環境に置かれているのか、今まで一人の自由を貫いてきたミカヅキが欲しいと思ったもの。

(それを従者というんですよ、…ミカヅキ様)

他人を拒んできたが故に置かれた状況で、自らそれに気づいたというのなら。

必要だと思った時点で、サリスをレネーゼ家に置くことを決めていたのか。

その時なんですか、と問えばミカヅキは、いや、と考える風を見せる。

「従者を育てるようにと言われて考えた事だが」

旅のきっかけとなった対外交で、思わせぶりに登場して見せたアルコーネ公爵の言葉をサリスも思い返す。

格下のサリスの目の前で「子供の遊びだ」なんだと手厳しい事を言われている様子には、居たたまれなさを感じて特にミカヅキを庇ってやる事もできなかったが。

あの一件で。

「俺に従者は必要ない。それは解りきっている。後継の儀を迎えれば、レネーゼ系列の家からこれでもかというほど優秀な従者を過剰に押し付けてくるわけだしな」

それを捌くだけで手がいっぱいだ、というのはミカヅキなりの冗談なのか。本心か。特にサリスの反応を見るでもなく、必要なのは、と視線は窓の外に流れた。

「俺が侯爵家に入った後、あいつらの動向を偏向なく俺に知らせてくれる従者が必要だと思った」

今はいい。

だが後継者として公務に縛られ、今のように自由に城と城の外との行き来ができない将来が来た時。

「あいつらを理解して、時には手を貸したり、必要な要請に応じたり、そういった俺の意思が歪められずに橋渡しができる人間は必要だ」

それに気づいた。

レネーゼ家にその人間を用意することはできない。冒険者としての彼らを、ミカヅキが扱うのと同じように親身に扱う人間はいないだろう。ミカヅキが自ら育てる意味があるとすれば、ここだ。

「それにはお前が適任かと考えた」

窓の外から視線を戻したミカヅキが、サリスに向ける期待。

「前回の夜会で見た限り、お前は交遊の幅が広いようだ。加えて、臨機応変に対応することもできる。その場を統率する意思も、積極性も申し分ない。だから、あいつらに引き合わせた」

「なっ」

ミカヅキはサリスを受け入れている。もうとっくに受け入れているのだ、と言ったのは、ミカヅキの旅の仲間だ。

サリスをよろしく頼む、と仲間に託した。

他の人には考えられないよ、と言ったのは彼女の方。この先、きっとミカちゃんは自分の家の人を連れてくる事に慎重になるよ、と。

よほど見込まれているのだ、とサリスを煽て、ミカヅキの気に入りだと有頂天にさせておいてからの、彼らの企ては何だ。自分は、そちらの方に気を回しすぎて、余りにも彼らの言葉を軽んじてしまったのか。

(いいや、彼らの存在は障害そのものであるはずだ。一国の、爵位を頂く正当後継者にとって)

この数日だけでも、ミカヅキに対する彼らの態度には嫌悪感を拭えなかった。高位にある存在を、誰よりも解っているのは自分たちだ、と主張するようなそれも、ただミカヅキを貶めるだけの悪手にしかなり得なかった。もちろん裏返せば、すべてサリス自身に降りかかってくる自尊心への、障害だ。

障害でなければ、なんだというのか。

「なぜそれを初めに話してくれなかったんですか!」

ああ、サリスをそこまで見込んでくれていたのなら。

旅を初める前に。

お前にこの役目を任せたいのだ、とただそれだけを話してくれてさえいれば。

「話していれば、何か変わったか?」

「もっと、ちゃんと、ご期待に添うことができましたよ!」

激しい後悔に苛まれて思わず口にした言葉に、違う、と冷静な自分の声がする。それを主人に求めるのは違う。解っていながら、感情では割り切れない苦さ。

「違うな」

と、頭の中の声が現実に音になり、サリスはその音が労りを含んでいる事に気づく。

失態を犯した事に俯いていた顔を上げれば、その場の空気は柔らかい。

「俺がはじめに意図を伝えていた事で、結果が変わったというなら、それは俺の期待した結果にはならない」

お前にこの役目は向いていない、と告げられるそれさえも断罪ではなかった。ミカヅキが打ち明けた事実は自分にとって厳しいものであったが、当のミカヅキはそれをまるで問題視していないのだと解った。それどころか。

「向いていない、と言われて何故落胆するのかが解らないんだが」

と言われて困惑する。

「え?ええ、と、それはやはり、主人の期待に応えれられないのいうのは従者としてあるまじき事で」

将来主人を頂く諸侯の子息たちが繰り返し繰り返し教育される事。

それは、主人となるミカヅキには施されるはずのない教育。だからか。

「主人の期待に応えるためだけに向いてない仕事を強要される方が悲惨だと思うが」

どうか?と問われて、そんな考えはなかったな、と呆気にとられた。

そんな甘い考えで主従関係が成り立つか?向いている仕事だけを任されているのは自分的には楽だろうが、それでいいか?と、初めての思考にただ唖然とするばかりのサリスに。

「それに、俺はお前に対する期待が失せたとは言ってないからな」

向いてない、と言ったんだ、と主張するミカヅキが、誤算があったとすれば俺の方だ、と続けた。

「お前の存在を余りにも軽く見過ぎていたのだと思う」と言い、自分の感覚が鈍ってしまっているのだと解るなと告白するそれ。

「お前の処遇がどうあろうとも、やはりオットリー家の子息で、その身分というものに生かされている以上は、例えあいつらであっても粗雑に接していい人間ではない。それは上には勿論、下の人間に対しても侮蔑になる」

何よりあいつらがお前を軽く扱う事に不快感がある、と言い切ったミカヅキは、生まれながらの爵位の後継者だった。

城から出て自由を求め、上下のない庶民の子等と馴れ合い、それを快くは思っていない上の方々からは「とっとと呼び戻せ!」と、道を見誤っているかのような扱いを受けているミカヅキは。その本分を見失ってはいない。

(俺たちが引き戻す必要もない)

まさかミカヅキがそこまで踏み込んで自分の事を考えてくれるとは思わなかった。

ただただ自分は旅に同行し、ミカヅキの気に入られるために下に媚びて無難にやり過ごせばいい事だろうと高を括っていたと言うのに。

「お前も不快な思いをしただろうが」

と切り出されて、慌てて居住まいを正す。主人格に頭を下げさせるわけにはいかない。

「いえ!あの、俺の方こそ、そこまで考えが至らず」

「そうだな、考えなしに強引に着いてくるって言ったのお前の方だからな。俺からあいつらの態度に関しては謝らねえけどな」

そこは手厳しい。いや全くミカヅキの言う通りそこはサリスの自業自得なのだが。

厳しさと優しさの根底が同じだ。それは純粋に、ミカヅキという人柄を信じられると思ったと同時に。

「お前が軽く扱われているのが不快だ、と思うのと、お前が俺に言う事も同じなのだと気づくことができた」

「あ」

「ならばやはりこれは、自分たち以外に見せるべき部分ではないのだろう」

冒険者として、後継者が外へ出て行く事。それに対する貴族界の総意も、実感として掴んだという。

(そこを解ってもらえたか!)

そこを簡単に乗り越えられるものなら、この先、ミカヅキの抱える難題はきっと話して聞かせれば解ってもらえるだろう。

結果的に、そして総合的に、この旅は有意義なものであったと伝えて、サリスを否定しない。その姿勢を見せるミカヅキは主人として十分な素質を備えていると希望が見えた。

「だから、ここの部分は保留だ」

将来的に、ミカヅキと冒険者の彼らの橋渡しをする役目を負う者。

そこにいるべき人間の選出は今はまだ置いておく、というミカヅキにサリスは同調してみせる。上からの指示は「引き離せ」という方向ではあるものの、ミカヅキのこの様子であれば強攻策に出るよりは、ミカヅキが自ら距離を置く流れを期待した方が良い。ミカヅキは本分を見失ってはいない。

そう確信して、サリスは希望を見る。

 

▪️ ▪️ ▪️

 

「そういうわけで、宙に浮いたお前の処遇を考えてみた」

「あ、はい!」

お前は期待した役目には向いていない、と良い、向いていない役目を任せる気は無いというミカヅキの主義。

従者ではなく、味方が欲しいと言ったミカヅキの趣意。

「職ならどこへでも行ける。オットリーの名があればどこでも高待遇で迎えてくれるだろう。最悪オットリー家の世話にもなれる立場で、あえて今まで交遊のなかった俺の下に就きたいと志願するのはどういうことか」

「あー…」

「懇意にしているスワロウ家でなく、あえてレネーゼ家だ。だとすれば、レネーゼの名が欲しいのだと思う。名が欲しい場合は大概政が関わってくるものだが、そんな野心家には見えないしな。むしろ、気の良い仲間と争うことなく平穏に過ごしていたい人物だと見た」

サリスの処遇、を考える前に、サリスの志願の動機を考えたらしい。

当たらずとも遠からずで苦笑いしかできない。

「そ、そうですね、ええ、その通りで」

「なら、根回しだな。俺なら正当後継者の中でも年少で、手懐けやすい。今まで供の一人もいない、従者という空きもある。上からの後押しも楽にいただけるだろうしな」

そこに潜り込んでおいてスワロウ家あたりから繋がりを作っておけと命令されたか、とサリスの動機を不安材料としていいものかどうかを確かめている。

その不穏さには、全力否定だ。

「まさか!違いますよ!命令なんかじゃなく!俺個人で動いてるんですよ!」

ていうか俺個人しか動いてないんですよ、と考えて情けなくなる。

交友関係の幅は広くとも、貴族界の将来に確たる展望を抱いて上昇志向を持つ者がいない。陰謀だろうと策略だとろうと、何かしらあった方がまだましだったかもしれない、と憂えるほど呑気だ。実際、そんな陰が生まれればそれはそれでサリスを煩わせただろうが。

「いないんですよねー…」

と苦笑さえも生まれない返答に、ミカヅキの呆れたような声。

「道楽者の、起爆剤にでもなるつもりか。もの好きだな」

「ええ?なんでそれを分かっちゃうんです!?」

 他人に興味がなさそうなのに、意外とサリスの事を見られているようで焦る。

それにミカヅキは、薄く笑った。

「なんだ読み通りか。人のことを単純だという割にお前も、単純だったな」

それは、従者志願にレネーゼを訪れたサリスがとった挑発。

ミカヅキに相手をされそうもないので、まずは自分に興味を持たせるためにと考えたシナリオの一手。その挑発を根に持ってのことか。

(意外と執念深かったり?)

と、この時のサリスはまだミカヅキという人物を把握しきれていなかったが。

彼の専属従者となった後のサリスなら、執念深いのではなく、子供っぽいのだと判断しただろう。時折見せる不完全なそれは、実際の年齢よりも幼く、拙い。

それはミカヅキが今まで同年代の子供たちとほとんど交流をしてこなかったことの現れか。子供らしい振る舞いをどこかに押し込め、大人たちばかりに混じって後継者として生きてきただけの彼が、時折渇望するもの。

それがあの冒険者らからのみ与えられる現状だとすれば、「彼らとの交流を継続させるべき」と判断した老侯爵の意思を汲み取って、彼らの存在を許すことも出来るのだが。

それはまだ後の話。今のサリスでは、ミカヅキを理解しようと努めるのに精一杯。

「いやでもその、レネーゼの名前の皮を被ろうとか、そういう不遜な動機ではなくて」

「別に不遜でも不敬でも不届きでも、俺は一向に構わないんだけどな」

「ええ?」

「むしろ、レネーゼの名前を利用してやる、くらいの意気込みでいてくれた方がいい」

俺は味方が欲しい、と再度繰り返される。

「従者は要らない、味方が欲しい。そのためにお前を利用する気満々だ。聖人君子並みに清い動機でそばに居られると却って扱いにくいだろ」

それに。

「山ほど従者を押し付けられるんだぞ。それも各家から。思惑も目的も派閥闘争も渦巻いてる所に、お前一人が安穏と過ごせると思うなよ?他の家を出し抜いて、俺の第一側近にのし上がる、と周囲に宣言するくらいでないと従者として迎え入れる気は無いからな」

(ひええええっ)

「いや、それは、待ってください!第一側近とか、いきなり最高峰すぎますよ!せめて、側仕えの一人として」

「その程度の覚悟で腹を搔っ捌く気だったのか、お前」

返す言葉に詰まる。 

「俺の従者を志願するというなら、第一側近だ。他の地位は認めない」

数多の家から送り込まれるであろう従者候補を軒並み抜いて、後継者に並び立つ地位まで来いと言う。

それがレネーゼに名を連ねないサリスを迎え入れる条件。

「そこまでしないと、レネーゼはオットリーの名を持つお前を認めないだろうしな」

 腹を捌いてみせる方が楽か?と揶揄されても、おいそれと答えることができない。

膝に置いた自分の両の手が力任せに握られているのは、そうでもしないと膝が震えてしまいそうだったからだ。

(大変なことを言ってしまった)

ミカヅキに対面した時に、作戦とはいえ挑発した言葉が今更サリスの命を狙う。

後継者としての立場を軽んじるな、とミカヅキに向けた言葉は、今まさにサリスに返ってその身を突き刺すも同然の刃。

引くか、受け入れるか、二つに一つだ。

従者としてその覚悟を疑われる事あらば、腹を掻っ捌き、絶対服従の証を立てよ。

幼少からサリスを可愛がってくれた爺やが、事あるごとに聞かせてはサリスを面白がらせていた言葉だ。それは知らず知らずのうちに、自分の血となり肉となっている。

嫌でも身に染み付いたそれを思えば、まさか腹を搔っ捌く方が楽だと思う日が来るとは思わなかった。

これが後継者か。

家を継ぐということの重みは、サリスには一生縁のないものだ。だからこそ、家を継がなくてはならない親友の愚痴にも付き合えた。互いに立場が違う者同士、相手に同情していながら、その内実を真剣に考えたことなどなかったのかもしれない。

(自分の甘さは十分、解っていたつもりだった、けど)

レネーゼ領へ向かう馬車は走り続けている。侯爵位へサリスの処遇を決めたことを伝えに行くための馬車だ。

だからこそ、サリスの答え一つで、ミカヅキは馬車を止めるだろう。

それなのに、目の前にいる彼は答えを急かしてはこない。急かさない理由があるとすれば。

ミカはもうとっくにサリス様を受け入れているんだよ。

そう言った彼らの顔がちらつく。格下の彼らに面と向かえば素直に受け入れられなかった言葉。

つい先ほどに、彼らの言を聞き入れなかったことで味わった後悔は苦かったはずだ。それをまたここで繰り返して良いのか。

誇りよりも大事なものがあると思ったのは、わずかな希望だった。

「わかりました」

サリスは顔を上げる。

主人となる人に、真っ向から自分をさらけ出す。

「ミカヅキ様の第一側近を志願させていただきます」

「うん」

それだけ。

たったそれだけの反応。それこそが、自分は受け入れられていることの証であるというのに。

「それだけですか?!」

サリスは思わず身を乗り出す。

「なんかもっとこうないんですか?すっごい手に汗握りましたよ俺!!」

思っていた以上に重圧を感じていたのか、あまりにもあっけなく終わったばかりに身も心も浮つく。

自分は、ミカヅキの従者となる。

「なんか、ってなんだよ?」

「いやそれは俺も解らないですけど!俺なんかが第一側近に名乗り上げるって、相当おこがましいですからね?!」

「そのための二年だろ」

ミカヅキの真意は窺い知れない。ただ淡々と、サリスの宣言を聞く前と変わらず、言葉をつなぐ。

「二年で、お前を第一側近に押し上げるために俺も準備は整えるつもりだ」

「準備、って」

主人が従者の地位向上に手を貸すという。これは、はたから見ればどうだ?遊びか?

身を乗り出していた体勢が、がく、と背もたれに崩れた。

「例えば、レネーゼの外との交遊」

「外」

「お前言っただろ、夜会で。多くの家と交流しろ、って。あれを盛大に仕掛ける。今までレネーゼのどの家も口出しできなかった部分だ。お前が多くを働きかけて成果が上がったとなれば、多少は褒賞の嵩上げになるだろ」

名門地位上下いかんに関わらずありとあらゆる家と交流してやろうじゃないか、とミカヅキは笑う。

「そこは協力してやるから地ならしをしておけ。末端まで取りこぼすことなく、円滑に交遊できるように根回しに勤しめよ」

そこに期待しているからな、と念を押されて思い至る。

「レネーゼの名を」

「存分に使え。お前が志願した動機とやらに利用されてやる」

将来。

必ず訪れる、ミカヅキ世代が政の中心となる将来に、仲間たちが誰も落ちこぼれることなく関われるようにという願い。

親友である彼が、同等の爵位を頂くミカヅキに、見劣りすることなく引けをとる事なく対等に渡り合えるようにという願い。

サリスの子供じみた願いには耳を貸さず、それでも「利用されてやる」などという愛敬を見せることのできるミカヅキには敬服するしかない。

「そういう意味ではお前は城勤め向きだな。俺が育てるにしては完成度が高すぎる。むしろ、俺の方がお前から教わる部分の方が多いんだろうと思う」

「いや、まさかそんな」

「俺に謙遜は無意味だぞ。自分の価値を高めるためには、俺さえも利用しろ。そうでもしないとレネーゼに居場所は確保できないと思え」

「居場所」

「俺が外に出ている間にも仕事を任せろと言ったよな」

お望み通り任せてやる、という事だ。上にも下にも、ミカヅキが後継者として円滑に交流できるだけの地盤を築く。

旅の間の不在を埋めるだけの働きを期待されている。

それはいつかの夜会でも話題に上がったミカヅキの展望だ。

「あの時、はっきり俺に指令をくれませんでしたよね」

皆に事前に言い聞かせるようには言われたが、その後に人脈を作るための指示はなかった。サリスを使う気は無かった、という事から考えても、ミカヅキの気が変わった事は何か意味があるのか。

「あの時は、お前を孤立させるだけだと思ったからな」

「あ、ああ」

そうだ。ミカヅキはこう見えて、思ったより情が深いのだった。

他人と付き合わない、他人に心を開かない。それが、サリスを含め周囲が思い描いていた人物像。

空気を読まず、他者の立場を慮る事なく自由に発言しては、その場を急冷凍の惨状に落としれる悪の申し子。と言ったのは誰だったか。

ミカヅキと行動を共にしてサリスもその異名に納得せざるを得なかったこの数日。

「お前が孤立したら、俺は誰を頼れば良いんだよ?」

「……」

もっと頼れと言ったの、お前だぞ。と大真面目に言われて、情が深いという決めつけは早計か、とサリスが返答に困って見せれば。

微妙は雰囲気を感じたか、少し何かを考えるように視線を傾げたミカヅキが、お爺様が、と小さく呟いた。

レネーゼ侯爵が、ではなく。

お爺様が、というのを初めて聞いた気がする。そしてそれは、思った以上にミカヅキの感情を露わにしていた。

「人を束ねるという事は頼りない糸を束ねる事と同じだ、と」

サリスもその繊細さに触れて、ただそっと息を潜めた。

ミカヅキが現レネーゼ侯爵に、常々言い聞かせられているという言葉。

それが、レネーゼ領へ向けて走る馬車の中で語られる。

(糸を、束ねる)

細く繊細な糸を、一本一本、自分の意に美しく添わせ整えるように束ねていく。

細さも強度も色も全く異なるそれらを、集め、束ねる。意のままに。

意のままに束ねようと、どれほどの努力と研鑽があっての事でも、初めには頼りなく、中ほどでは緩みと張りが妄りに繰り返され、後ほどにはもう解けないほどの束になる。

それがレネーゼの在りようだ、とミカヅキは言う。

子供の頃に。何度もなんども、想像の中で糸を束ねては解き、束ねては解き、それを自分の責務だと思い描いてきたのだろう。

(この人は真面目すぎる)

あまりにも真面目すぎるのだと解った。

夜会の席でミカヅキに伴われて上の方々への挨拶回りでも、特にミカヅキの親戚筋からは「真面目すぎるので多少は羽目をはずす方がいい」「もっと遊びを教えてやってくれ」などとからかわれている姿は見ていたが。

(あれは冗談でなく、あの方達の本音だったのかもしれないな)

真面目過ぎて、老侯爵からの「子供に解りやすいように」と加減をした例え話にさえも、一糸乱れぬ統率を思い描き一人疲弊していたのだとすれば、従者を持つ事を忌避するようになるのも理解できる。

それに何を言ってやれば良いのか。サリスの逡巡は轍に押し込められるかの様だ。

何万という家臣を束ね、 束ねたものが太くなればなるほど中の様子は伺い知れず、繊細さも美しさも、ありのままの形を保つことさえもなく、ただただ一つの束となって、主の手に握られる。

握られたその重みを、誰に言われることもなく知る。 

レネーゼの名の下に、家臣は束となり、領土を、領民をつなぎとめる命綱となるのだ。

「俺の、その最初の一本がお前だ」

その言葉が、胸を貫く。

覚悟を受け取った、と言ったミカヅキの、サリスへの答えがそれだった。

ミカヅキの意に添い、多くの糸をその手に委ねるための始まりの一糸。

「必ず」

震えたのは、声か。心か。

「必ず、ご期待に応えてみせます、我が君」

「うん」

反してなんの感情も見せず、ただ頷いたミカヅキの抱える重圧は計り知れない。

それでも自分は、その将来を共に担うことに恐れを抱いてはいない。

多くの命綱を握る主としては繊細すぎる彼が、慎重に慎重を重ねギリギリまで時をかけて吟味した一糸。

糸の先は、固く結ばれている。

 

そのはずだ。